日本のお城が大好きだと叫びたい人の雑記

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お城巡り必須項目! 知っておきたい城郭用語その6 城のいい表し方

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*知っておきたい城郭用語(その6)

 ここで紹介するのは、お城を理解する助けとなる用語です。

パンフレットや本を読んだとき、つまりこれは何? と悩むことはありませんか?

お城を探訪する時や関連する本を読むときに、役立つ基本語その6を順次紹介していきましょう。

 

一言でお城といっても、地方によってその形や呼び方、役割は少しずつ違いますよね。

たとえば北海道と本州、沖縄では言葉も文化も違いますので、お城についても少々違いがあります。

そのため、ここでは地域によって違う「お城の言い表し方」を紹介します。

 

【チャシ】・・・物見や祭祀の場としても利用されたアイヌの砦

 

「チャシ」とはアイヌ語砦、館、柵、柵囲いといった意味で、ほぼ「城」と同義語です。

チャシコツ」は城跡と同義語と考えて良いでしょう。

 

北海道を中心に千島列島・樺太、東北地方の一部にみられる独特な形状をした砦または城の総称で、自然の地形を巧みに利用し、土塁と濠と木柵などで防備したた簡易なものが多いようです。

純粋な軍事施設というよりも、聖域などの側面もあり祭式を行う場として利用される場合が多くありました。

また部族同士のチャランケ(談判)や鮭漁などに関係した見張り場などとして使われることもあったようです。

ただ、構築目的や年代、実態などがよくわかっていません。

 

日本100名城には根室半島チャシ跡群が選定されていますが、周囲を巡る空堀の様子が確認できるぐらいで、ほとんど遺構といったものはありません。

チャシ跡は4つの形式に分類されるようです。

しかし根室半島では、岬や丘の一端を溝で区切って造られた「面崖(めんがい)式」が一般的です。

 

城柵・柵】・・・蝦夷支配の東北の城

 

7世紀以降、朝廷が東北地方の蝦夷(えみし)の支配を進めるために築いた城塞です。

城柵の名称を用いるのは、この基地としての城塞が土塁と堀と木柵によって造られ、そのために「柵(き)」という呼称があったことによります。

当時、大和政権に服属しないで、言語・風俗を異にする東北の人々を区別して蝦夷と呼んでいました。

神亀元年(724)に東北地方の拠点として多賀城(たがじょう 宮城県)が建造されました。

外郭を築地や柵で囲み、さらに中心部も100m四方の築地が取り囲む政庁です。

ここを拠点に、出羽柵秋田県)、金沢柵秋田県)などの城柵が東北各地に築かれ、支配を確実にしていきました。

これらの城柵は、官庁としての機能と防御構造を併せ持ち、蝦夷に対する軍事的な拠点でもありました。

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復元された出羽柵の築地と門  by:photo‐ac

 【要害】・・・険しい地形で、敵の攻撃を防ぐのに便利な構築物

 

仙台藩伊達政宗は元和の一国一城令に対し、さまざまな手を使って合計21城を存続させています。

たとえば、利用したのが「支藩」という呼び方。

白石城と一関城を支藩と称して存続させたり、戦国時代以降続いている山城を「要害(ようがい)」と称したりしました。

涌谷要害、船岡要害、金山要害などがあります。

これらは仙台藩の隠し城と言われることもありますね。

幕藩体制のもとで、本城に加えて21もの要害を明治6年まで存続させていました。

 

江戸幕府がこのことを知らなかったのか、知っていたのに黙認していたのか分かりません。

しかし、伊達家が江戸幕府の支城を潰せという命令に背き続けたことは、すごいですね。

 

涌谷要害(1998年9月24日登城) by:photo‐ac

「要害」と同じように「城」とは称しない防御施設があります。

土佐藩の「土居(どい)」がそれです。

元は安芸城で、江戸時代は山内家の家老五藤家が居住し、安芸土居として存続していました。

 

また薩摩藩領内では「外城(とじょう)」も同じです。

薩摩藩では、島津家当主の居城である「内城」(鶴丸城)に対して外城と呼ばれました。

領内各地の城砦に半農半士の武士集団が駐屯・居住し、有事に領主の命令で戦闘員となる役割を担っていました。

(ふもと)」という言い方もあるようです。

 

 【グスク】・・・独特の曲線を描く城壁で囲まれた琉球の城

 

グスクは奄美大島から沖縄諸島宮古八重山群島の島々の広範囲にわたって点在する「城」の総称です。

14世紀中頃に按司あじ)と呼ばれる地方領主たちが、地域支配のために築いたと考えられています。

特徴は琉球石灰岩によって囲まれており、緩やかなカーブを描く曲線城壁を持つことです。

城壁の内部には通路を兼ねた胸壁が見られ、また見張り場や側面攻撃のためのアザナ(物見台)が多数設けられています。

門のほとんどが城壁の一部を開口させた石造アーチ門。

首里城の歓会門などのように、門の上部(二階部分)には建物を載せて防備を強めている立派な門もありますよ。

 

また、石垣をアーチ形にくり貫いた門(拱門)も見られ、グスク特有の門となっています。

城郭内部に祈りのスペースである神域(御嶽 うたき・拝所 はいしょ)が存在することも大きな特色でしょう。

沖縄本島首里城(第34回)、中グスク(第2回)、勝連グスク(第11回)、座喜味グスク(第52回)、今帰仁グスク(第29回)の五つのグスク址が世界遺産に選定されています。

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座喜味グスクの城壁と拱門(1996年6月29日登城) by:photo‐ac

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首里城漏刻門(1996年9月9日登城)  by:photo‐ac

 

【参考文献】

井上宗和『日本の城の基礎知識』(雄山閣出版 平成3年7月5日再版)、財団法人日本城郭協会監修『日本100名城公式ガイドブック』(学習研究社2007年7月3日発行)

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