*知っておきたい城郭用語(その11)
ここで紹介するのは、お城を理解する助けとなる用語です。
パンフレットや本を読んだとき、つまりこれは何? と悩むことはありませんか?
お城を探訪する時や関連する本を読む時に、役立つ基本語その11を紹介していきましょう。
今回は、お城の「防御の仕掛け」です。
城郭用語の主なものは「城郭用語」(その4)」で簡単に説明をしたのですが、実際の城の写真とともに、もう少し詳しい説明があった方が良いということになりました。
そこで、城郭の防御施設や仕掛けを今回と次の回の2回に分けて説明いたします。
▼関連記事
*堀とは?

堀は、城を守るための基本構造物で、縄文・弥生時代の環濠集落(城の原型)にもすでに存在していました。
佐賀県の吉野ケ里遺跡(当ブログ第101回目)に、その実例を見れます。
堀には、水が張られた水堀(=水濠や濠)と、水のない空堀(=乾〈から〉堀や隍〈ほり〉)とがあります。
近世の城郭においては、堀は曲輪の外周を取り巻いて設けられていました。
しかし中世の山城では、防御力を高めるために、以下に述べるようなさまざまな空堀の形が生まれました。
- 空堀
- 畝堀
- 竪堀
- 横堀
- 堀切
空堀(からぼり)


中世段階の城は山城が中心だったので、多くは空堀でした。
空堀は堀に入った敵兵の動きを封じるために、たいていは狭く、深く造られます。
堀の断面がV字型のものは薬研堀と呼ばれています。
空堀は身を隠す場所もなく、水濠よりは防御性は高いといわれていますが、高石垣との組み合わせによって、その効果がより発揮されます。
堀の底面には仕切りを設けたり、逆茂木(さかもぎ)を置いたりもすることもありました。
畝堀(うねぼり)

敵兵の自由な行動を制限し、上から攻撃しやすくするために、堀の底を細かく区切った堀のことです。
静岡県の箱根峠近くにある山中城(当ブログ記事第83回目)は、堀底に障子の桟のような障壁を造った障子堀(しょうじぼり タイトル写真)や畝堀が、主要な曲輪を囲んでいることで有名な城です。
関西方面ではあまり見かけない堀の形ですが、大阪府警本部の建て替えのときの発掘調査で、大坂城でも障子堀が発見されています。
竪堀(たてぼり)
中世の山城に設けられることが多い空堀のことです。
敵兵の横方向の移動をさえぎるために、山の斜面に等高線に対して垂直に造った堀です。
竪堀に沿って上から石などを落として敵兵を攻撃するのにも使われていました。
山城址では、経年により土などが堆積しており、往時のままの姿で竪堀を見ることは困難ですが、結構遺構として残っています。
横堀(よこぼり)

竪堀と同じように中世の山城に設けられることが多い空堀です。
山の斜面の等高線に沿って曲輪を囲むように掘られた堀で、平常時には通路として使われることもありました。
山城では、竪堀と横堀を巧みに組み合わせて防御力を強化しています。
近世城郭の平城ではほとんどが横堀で、城域を区切って遮断線とし、二重、三重に城域や曲輪を防御する例もみられます。
堀切(ほりきり)
山城で使われた空堀です。
尾根筋を遮断するように一直線で掘りきるので、「堀切」と呼ばれました。
尾根筋を通れないようにして、二重、三重に連続して堀切を造り、敵兵の進入を防ぎ防御力を高めている山城もあります。
下のイラストは、福井県国吉城址(当ブログ第149回目)を探訪したとき貰った散策絵図です。

本丸から尾根筋に沿って五つの曲輪が連なり、Ⅱ郭から本丸へ上るところに堀切が造られています。
しかし竪堀と同じく、現場ではわかりづらかったです。
水堀
水堀は平城に設けられることが多く、幅は広く、深さは背が立たなければ充分です。
近世城郭においては、城の立地が河川の河口部や沼地、海などを利用することが増えたことなどにより、水堀が発達しました。
主な攻撃に鉄砲が使われるようになると、平城においては、下の福井城(当ブログ第96回目)の濠のように濠幅が大変大きくなっていきます。

*土塁(どるい)とは?

土塁とは一般的に、堀を掘った土で築いた堤防のようなものを指します。
掻揚(かきあげ)=掻上といわれますが、昔は土居(どい)と呼ばれていました。
曲輪の周囲などに土を盛り上げて、敵兵の攻撃から城を防御するものですね。
しかし、土だけでは崩れやすく、敵兵も登りやすいため、石垣で補強することもあります。
斜面に崩壊防止のために、芝や小笹などを植えたものは〈芝土居〉といわれていました。
下の写真の彦根城(当ブログ第19回目)の土塁のように、石垣の水面に接するところに
築かれた石垣は、「腰巻(こしまき)石垣」、土塁の上の石垣は「鉢巻(はちまき)石垣といいます。
関西では珍しいものですが、関東の城では時々見かけますよ。

*橋とは?
橋とは、堀などで区切られている城外と城内、または曲輪と曲輪を結んで堀を渡るためのものです。
橋は城門前の重要な防御施設なので、横矢が掛けやすいように斜めに掛ける筋違橋など、軍学上の工夫もされています。
構造によって、恒久的な施設としての「土橋」と取り外しが可能な「木橋」に分けられます。
土橋

城郭においては正式な橋で、石垣か土塁で築かれます。
堀を分断する通路と思った方が良いでしょう。
普通の感覚では道といえるものです。
敵兵も進入しやすいため、防御のためには城内の入口の門が重要な施設になります。
木橋
木橋は本来の橋で、川に架かる橋と同じです。
堀に掛けているので掛(懸 かけ)橋ともいいます。
敵兵の攻撃を受けた時には、切り落として敵の侵入を防げます。
彦根城の鐘の丸と本丸との間の空堀に架かる木橋は、敵兵が攻めてきたときには切り落して、本丸へ進入出来なくします。

また、これらの橋に屋根を付けたものを廊下橋といいます。
近年、福井城の御廊下橋のように復元されたものも多くみられます。


廊下橋の唯一の現存例は、高知城(当ブログ第1回目)の詰門です。
本丸と二の丸を結ぶ廊下橋の下部に、空堀を仕切る城門を設けた廊下橋で、大変珍しいものです。
重要文化財に指定されています。
石橋
石橋は、木橋を石造りとした橋です。
城中では短い橋を石造りにしますが、長崎県の平戸城(当ブログ第62回目)には、元禄15年(1702)に掛けられた大きな石造りのアーチ橋・幸(さいわい)橋が遺構として残っているようです。
下の写真は、姫路市にある御着城址(「気ままにぶらっと城跡へ㉗御着城」)に復元された石橋の旧天川橋ですね。

【参考文献】
財団法人日本城郭協会監修『日本100名城公式ガイドブック』(学習研究社 2007年7月3日第1刷発行)、中井均監修『読んだら話したくなる日本の城』(日本実業出版社 2010年6月20日発行)、中山良昭編著『もう一度学びたい日本の城』(西東社 2007年7月15日発行)、『城を知る事典』(日本通信教育連盟)、小和田哲男監修『ビジュアル・ワイド 日本の城』(小学館 2005年3月20日第1版第1刷発行)、三浦正幸監修『【決定版】図説・城造りのすべて』(学習研究社 2006年12月1日第1刷発行)、『別冊歴史読本 城の見方・歩き方』(新人物往来社 2007年6月1日5刷発行)、他。
▶【じゃらん】国内25,000軒の宿をネットで予約OK!2%ポイント還元!