日本のお城が大好きだと叫びたい人の雑記

とにかくお城が好き!日本のお城のアレコレを好き勝手に書いていきます

お城大好き雑記 第60回 高松城

f:id:sekimeitiko:20210904170022p:plain

高松城  by:photo-ac

第60回は、ここまでお城訪問の紹介が続いた記念に、四国は香川県高松城をご紹介します。

高松城は、「日本100名城」(第77番)に選定されています。

別称は玉藻(たまも)城です。

今治城中津城とともに三大水城(海城)のひとつで、国内随一の近世水城の名に相応しい城郭です。

かつては三重の天守や白壁の櫓が、青い海にむかってその美しい姿を見せていました。

濠に海水を引き込み、あたかも海に浮かぶように見える城の姿は、瀬戸内の名城です。

現在見られる高松城の遺構は、松平頼重(まつだいら よりしげ)の時代から改修されたものです。

松平頼重徳川光圀(みつくに)の兄ですね。

江戸時代初期の寛永19年(1642)に生駒氏が改易され、常陸(ひたち)国から12万石で移封されました。

 

高松城には1997月6月1日に初登城しました。

この日は私の46歳の誕生日です。それ以後、何度探訪したかわかりません。

 

***************************

 

高松城は、秀吉の武将・生駒親正(いこま ちかまさ)によって天正16年(1588)に築城が開始されました。

親正は前年に17万6,000石で讃岐に封じられ、はじめ引田(ひけた)城に入りましたが、地の利も悪く城地も狭いため玉藻浦に築城を決めます。

浦にあった小島を中心にして、岸との間を埋め立てて築城を開始。

秀吉としては大坂に近い讃岐に大きな城を築くことで四国の押さえとするとともに、瀬戸内の水軍を統括する役割を担わせる意図があったと考えられます。

この築城にあたっては、築城名人の黒田孝高黒田官兵衛の意見をも取り入れての築城だったと言われています。

一説には藤堂高虎とか細川忠興とかの説もありますよ。

黒田官兵衛藤堂高虎については以下をどうぞ。

 

f:id:sekimeitiko:20210904170937p:plain

松平氏時代の「高松城縄張図」(『城 其の三』から)

本丸を軸に、二の丸、三の丸、西の丸と繋がっている右渦巻の形の渦郭式縄張りです。

本丸の東側の一段高い所に天守台を設けて天守が建てられました。

外濠には船溜りを設けて、船着き場としています。濠には海水を引き入れ、潮の干満は水門で水量を調節。

f:id:sekimeitiko:20210904171158p:plain

水量を調節する水門  by:photo-ac

大手門(太鼓門)は、陸地に接している南側に設けています。

着工2年後の天正18年に完成し、高松城と名付けられました。

三重の濠に囲まれ、北側は海に守られた鉄壁の守り。

瀬戸内海の要衝に築かれた堅城です。

 

秀吉の武将である生駒氏に代わって入城した松平頼重は、寛文7年(1667)から12年にかけて城の大改修を行います。

頼重は水戸徳川家からの分家で、西国監視の密命を帯びていたとも言われています。

本丸の東端には豊前小倉城をモデルにした層塔型三重五階地下一階独立式天守を築き、東方に東の丸や新曲輪(北の丸)を新たに造ります。

その時の天守は最上階が張り出したいわゆる「南蛮(なんばん)造り」と言われる特異なもので、四国最大規模の天守でした

また秀吉の家臣・生駒氏が建てた天守は壁も下見板張りの「黒い城」でしたが、寛文10年(1670)に譜代大名松平頼重が修築した際に白漆喰総塗籠の「白い城」に変えています。

黒い城、白い城については以下をどうぞ。

 

以後、明治維新まで松平氏が11代藩主を務めています。

明治以後も残っていた天守は、残念ながら明治17年(1884)に老巧化により解体されました。

修理するお金がなかったのでしょうね。

f:id:sekimeitiko:20210904171641p:plain

海側から見た着見櫓  by:photo-ac

延宝4(1676)、2代目の松平頼常(よりつね)は、本丸を地久櫓、矩櫓、中櫓で天守と連結した構えにします。

そして二の丸、三の丸、新曲輪などに月見櫓をはじめ17基の櫓を建造。

二の丸に黒鉄門、三の丸に桜門、桜の馬場に太鼓門などを築き、高松城を大城郭の堅城に大改修しました。

海を埋め立てて造られていた新曲輪の西北部の海岸に面して着見(つきみ)櫓、水手御門、そして東の丸に艮(うしとら)櫓が建造されました(いずれも旧国宝)。

三重三階の着見櫓は、一重目に切妻破風の出窓と唐破風、二重目に軒唐破風を持ち、南側の一段低い位置に一重の続櫓、さらに水手御門と多聞櫓が接続しています。

いずれも重要文化財ですね。

船の監視に使われていました。

水手御門は直接海に向けて開く海城独特の城門として、全国唯一の現存例です。

 

f:id:sekimeitiko:20210904171934p:plain

新曲輪側から見た着見櫓(左端が渡櫓)  by:photo-ac

f:id:sekimeitiko:20210904172018p:plain

天守台にあった藩祖松平頼重を祀る玉藻廟(平成16年以前)by:photo-ac

f:id:sekimeitiko:20210904172103p:plain

中央が現在の天守台  by:photo-ac

高松市は将来の高松城天守復元に向けて、平成18年(2006)から玉藻廟の解体・撤去、天守台石垣の解体・積み直し・補強工事を始めました。

平成25年に写真のように石垣の積み直し工事が完了し、現在は一般公開されています。

中央の天守台のある本丸に架かっている橋は鞘(さや)橋で、二の丸と本丸とを結ぶ唯一の橋です。

天守台の手前、写真の下側にホームが見えています。

高松琴平電鉄高松築港駅です。

天守が復元されたら駅のホームから間近に見えますね。

f:id:sekimeitiko:20210904172636p:plain

高松琴平電鉄高松築港駅   by:photo-ac

f:id:sekimeitiko:20210904172257p:plain

艮櫓   by:photo-ac

艮(うしとら)櫓は延宝5年(1677)に建造された、三重三階層塔型の隅櫓(旧国宝で現在は重要文化財)。

充分天守と言える櫓です。

白漆喰総塗籠で、整然と並んだ狭間と格子のない武者窓があります。

濠側の三隅に狭間をもつ大きな石落としが付けられ、南北面に大きな入母屋破風、東西面に軒唐破風をもった美しい櫓です。

かつては東丸の北隅にあったのですが、昭和42年に解体修理したあと、桜の馬場の旧太鼓櫓跡である現在の場所に移されました。

野面積みの石垣で、隅は算木積みになっています。

右に見える橋は旭橋(重要文化財)で、城の大手門の役割を果たしていました。

 

f:id:sekimeitiko:20210904172422p:plain

鞘橋    by:photo-ac

鞘橋は本丸と二の丸を繋ぐ橋。

「鞘橋」の名前は、橋が露天でなく屋根と側壁がある廊下橋の構造をしており、それを刀の鞘に見立てたためです。

もともとは普通の橋だったのを江戸時代中期に今の形にしたようです。

 

*************************

 

f:id:sekimeitiko:20210904172527p:plain

披雲閣  by:photo-ac

かつての御殿は松平氏時代には現在の2倍ほどの規模であったのですが、明治5年(1872)に取り壊されました。

現在の披雲(ひうん)閣は大正6年(1917)に松平家高松別邸として建設され、昭和天皇も宿泊したことがあるとのことです。

披雲閣の再建に合わせて内苑御庭という枯山水の庭が作庭されました。

重要文化財に指定されています。

現在は高松市所有で貸会場として市民に利用されています。

 

高松城から少し離れますが、国の特別名勝に指定されている栗林公園があります。

文化財指定の庭園では日本最大の広さを誇っています。

f:id:sekimeitiko:20210904172835p:plain

栗林公園     by:photo-ac

高松藩松平家の別邸として、歴代藩主が修築をかさねた江戸時代初期の大名庭園です。

緑深い紫雲山を背景にして、6つの池と13の築山を巧みに配し、大きな池の周りに起伏に富んだ地形で山や谷を表現し、周囲を散策できるように造られています。

「一歩一景」と言われる変化に富んだ美しい景色を、広い園内を回りながら楽しむ回遊式庭園です。

春夏秋冬と四季おりおりの風物にも恵まれており、咲く花々は手入れの行き届いた一千本ものみごとな松ともに目を楽しませてくれますよ。

是非訪ねて、大名庭園のすばらしさを堪能してください。

 

高松城詳細

・住所:香川県高松市玉藻町2-1

・アクセス:JR予讃線/JR高徳線高松駅から徒歩約3分

・営業時間:8:30〜17:00(4月〜9月は7:00〜18:00)

・休業日:年末(12月29日〜31日)

 

【参考文献】

平井 聖監修『7 四国 黒潮寄せる南海の城』(毎日新聞社 平成9年1月25日発行)、財団法人日本城郭協会監修『日本100名城公式ガイドブック』(学習研究社 2007年7月3日第1刷発行)、『城と城下町 西の旅』(日本通信教育連盟)『城 其の三』及び『同 解説編』(日本通信教育連盟)森山英一編著『古写真大図鑑 日本の名城』(講談社+α文庫 1998年11月20日第1刷発行)、中井均監修『超雑学 読んだら話したくなる日本の城』(日本実業社 2010年6月20日初版発行)、『日本の城 名城探訪ガイド』(日本通信教育連盟)、中山良昭編著『もう一度学びたい日本の城』(西東社 2007年㋆15日発行)他