
新年あけて1回目、通算72回目のお城紹介ですね。
*二本松城とは?

二本松城址には建物の遺構はありませんが、壮大な石垣をはじめ主要部の遺構がよく残り、中世の山城と麓の近世城郭の両面を併せ持った城郭として貴重です。
二本松城は、会津若松城とともに戊辰戦争の壮烈な戦場となった城でもあります。
別称は霞ケ城(かすみがじょう)、霧ケ城、白旗(しらはた)城で、「日本100名城」(第11番)に選定されています。
「日本さくら名所100選」にも選ばれていますよ。
二本松城へ、私は2002年7月21日に登城しました。
*二本松城の歴史(築城から廃城まで)
二本松城は、もとは標高345mの白旗ケ峰(しろはたがみね)に、奥州管領を名乗っていた畠山満泰(はたけやま みつやす)が築いた山城が始まりです。
嘉吉年間(1441~44)のことでした。
二本松城は、白旗ケ峰の山頂部の本城を中心にして築かれた馬蹄形の城郭です。
特徴は以下の4つ。
- 三方を囲まれた狭隘な山間の地形を天然の要害とする
- 山々の稜線に沿って曲輪や城門を並べる
- 麓に住居をおく
- 開口部は土塁や濠で護る
以上によって、周囲の山々と麓の部分の全域を城郭とする縄張りをします。
城ではありませんが、鎌倉がその典型ですね。
その後伊達政宗に攻められ畠山氏は滅亡、伊達氏が秀吉によって岩出山城へ移されたあとに秀吉の家臣・蒲生氏郷(がもう うじさと)が入城しました。
氏郷は石垣を用いた城郭として改修し、会津若松城の支城とします。
続いて寛永4年(1627)に入った加藤嘉明(よしあきら)により、高石垣が築かれた近世城郭の姿に大改修され、会津若松から独立して二本松藩が成立します。
加藤氏は松下重綱に5万石を与え、独立の大名にして城主として入城させました。
寛永20年(1643)に加藤氏が改易され、白河小峰城を修築した丹羽長重の子・丹羽光重(にわ みつしげ)が10万7000石で入城。
丹羽氏は10万石に相応しい城に拡張・整備し、明暦3年(1657)に一応完成します。
この丹羽氏の代から霞ケ城と呼ばれるようになりました。
しかし、天守や櫓は築きませんでした。
最高所に天守曲輪、南の山麓に高石垣を築いて二の丸や三の丸を設け、二の丸を御住居屋敷と称して藩主の住まいとしました。
三の丸に役所・会所を置き南側に箕輪門を造り、門外に千人溜りを設けています。
また城下の整備にも尽力し、現在に至る二本松市の原型がこの時代に出来たようです。
丹羽氏で明治を迎えます。
戊辰戦争では奥羽越列藩同盟に加わり新政府軍と戦いますが、落城して建物はすべて焼き払われてしまいました。
*二本松城|現存する遺構・見どころ


昭和57年(1982)に箕輪門と二重櫓及び多聞櫓が復興されています。
これらは根小屋(ねごや)と呼ばれる山下の御殿(二の丸御殿)の大手口を固めていたものです。
箕輪門は、領内の箕輪村山王寺山の御神木を使って造ったことから命名されました。
しかし復興されたこの門や櫓は実在したものとは大きく異なり、立派な二重櫓と門となっていました。
いわば模擬の櫓や門ですね。

上の写真は、平成7年に復元整備された山頂の天守台の石垣です。
ただし天守が建てられたという記録はありません。
とはいえ諸説あり、三重の天守が築かれたという説も聞かれます。

山頂の石垣は、蒲生氏時代の野面積みと天守台の打込接ぎという異なった姿を見られます。


長く伸びる横矢掛りの石垣と土塀は、箕輪門などとともに昭和57年に復元されました。
*二本松城の雑学:二本松少年隊と「戒石銘碑」

会津若松城の白虎隊ほど有名ではありませんが、二本松少年隊にも悲劇がありました。
二本松城城下大壇口の守備についていた12歳から14歳の少年隊16名が命を落としたのですね。
この悲劇は、今も地元市民の根強い郷土愛のなかで生きているようです。
公園の入り口に花崗岩に刻まれた「戒石銘碑」があります。
これは、五代藩主高寛(たかひろ)が、藩の儒学者・岩井田昨非(いわいだ さくひ)の進言を受け入れ、藩士への戒めを綴ったものです。

銘の内容は
「武士の俸給は人民の働きから出ているもので、人民に感謝していたわらなければならない。この気持ちを忘れ人民を虐げたりすると天罰が下る」
というものだそうです。
この言葉は藩是となり、代々善政が行われたとも言われています。
素晴らしい!

城址は現在霞ケ城公園となり、整備されて市民の憩いの場となっています。
秋には菊人形展が開催。
毎年多くの人々で賑わっていますよ。

▼関連記事
*二本松城詳細
・住所:二本松市郭内3丁目
・アクセス:JR東北本線・二本松駅から徒歩約20分、入口から本丸まで徒歩約15分
・営業時間:24時間
・休業日:無休
▼PR
【参考文献】
平井 聖監修『1 北海道 東北 吹雪舞うみちのくの堅城』(毎日新聞社 平成9年3月25日発行)、公益財団法人日本城郭協会監修『日本100名城公式ガイドブック』(学習研究社 2007年7月3日第1刷発行)、南條範夫監修『日本の城 名城探訪ガイド』(日本通信教育連盟)、『城 其ノ二』及び『同 解説編』(日本通信教[育連盟)、『城と城下町 東の旅』(日本通信教育連盟)、西ヶ谷恭弘編『国別 城郭・陣屋・要害・台場事典』(東京堂出版 2002年7月15日初版発行)他
▼PR
▼PR