
「気ままにぶらっと城跡へ」の第39回目は、岡山県津山城の備中櫓です。
津山城は、愛媛県の松山城、国宝姫路城とともに日本三大平山城といわれる城で、「一二三段(ひふみだん)」に築かれた高石垣は、実に見事なものです。
平成17年(2005)に復元された備中櫓を、2025年になってようやく念願かない、拝観してきました。
津山城は、「日本100名城」(第67番)に指定され、国の史跡にも指定されています。
探訪は、2025年12月5日です。
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*津山城と備中櫓


上の縄張図と航空写真を確認してください。
津山城は何段もの高石垣が築かれ、天守台は本丸の西側に置かれており、本丸の南側に突き出た高石垣の上には備中櫓が建造されています。
城下町からの景観を含めて五重の天守に次ぐ、シンボル性の高い建造物だったといえます。

備中櫓は、これまでの発掘調査や古写真、指図(設計図)などをもとに、津山城築城400年を記念して、平成16年(2004)に復元整備が行われました。
津山城には、30数棟にものぼるたくさんの櫓が建造されたようですが、そのなかでも最大の櫓だったそうです。
一重の多聞櫓の中央に望楼部を載せた形で、大変珍しいものです。
白漆喰総塗込め、左右対称形の美しい姿です。


備中櫓の本丸側には、二の丸側に見られた鉄砲様や弓狭間はありません。
備中櫓は本丸の奥向御殿のさらに奥に造られ、御殿の一部として使われていたそうで、内部は、普通の櫓とは異なり御殿建築の仕様となっていました。
おそらくは、藩主やその家族のための建造物だったと推測されています。
そのためでしょう、全室畳敷きで天井も張られています。
絵図によると「御座之間」、「御茶席」、「御上段」など、全国的にも類例のない特別な部屋がつくられていました。
*備中櫓の内部




*津山城の天守台




天守の入口は穴蔵となっていて、そこから一重目へと石段を上って入るようになっていることがわかりますね。
下の説明板によると、津山城の天守は五重の層塔型天守だったようです。
天守台に、昭和11年(1936)に開催された産業振興大博覧会の呼び物として、「張りぼて」の愛称で親しまれた、本来の天守の3分の2の天守が建てられたのですが、空襲の目標となるという理由で、昭和20年8月に取り壊されたようです。
残念ですね。


説明板には、天守は、最上階の入母屋破風以外は破風が置かれていない層塔型天守だったと書かれています。
しかし、産業振興大博覧会の「呼び物」として建造されたためか、千鳥破風と比翼千鳥破風が置かれ、いかにも天守らしい姿の模擬天守ですね。



津山城は、「日本さくら名所100選」に選ばれています。桜の季節に再訪し
たいですね。


(写真:筆者撮影)
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【参考文献】
財団法人日本城郭協会監修『日本100名城公式ガイドブック』(学習研究社 2007年7月3日第1刷発行)、津山市監修「史跡 津山城跡(鶴山公園)」(公社津山市観光協会)、津山城内説明パネル他