日本のお城が大好きだと叫びたい人の雑記

とにかくお城が好き!日本のお城のアレコレを好き勝手に書いていきます

お城大好き雑記 第51回 白石城

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白石城天守  by:photo-ac

今回は宮城県白石城を紹介します。


白石城は白石川の南岸にあたる標高76mの丘上にある、伊達仙台藩の南の国境を守る平山城

伊達家の重臣・片倉家11代の居城です。

別称は益岡(ますおか)城、桝岡(ますおか)城。「続日本100名城」(第105番)に選定されています。

城主片倉家はわずか18,000石ながら、わが故郷の土佐藩24万2,000石の高知城に匹敵する規模の天守です。

白石城は、一国一城令の例外として明治維新まで存属した珍しい城です。

 

私が登城したのは、1998年9月22日のことでした。

 では歴史から見ていきましょう。

戦国時代は伊達氏の部下だった白石氏の居城でしたが、伊達政宗が秀吉の小田原攻めに遅参したことから秀吉に没収されます。

政宗は米沢から岩出山に移され、白石城は津若松城とともに蒲生氏郷(がもう うじさと)に与えられます。氏郷は会津若松城の支城として、天正19年(1591)に白石城を築城。

その後上杉氏の支配下に入ります。

政宗は、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦い直前に、徳川家康の意を受けて白石城を奪還。

慶長7年には家臣の片倉景綱(かげつな)に与えています。

景綱は城の大改修を行い、天守を再び築城しました。

 

元和元年(1615)景綱の子・重長(しげなが)の代に、片倉氏は特例をもって伊達家陪臣(家来の家来)のままで城主として認められました。

明治維新までの260余年間、片倉家が城主を務めたのですね。城は明治8年(1875)に解体されています。

白石城は、明治維新の際に奥羽越列藩(おううえつれっぱん)同盟締結の舞台となっていますよ。

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白石城天守  by:photo-ac

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石垣が築かれた本丸には二重の巽(たつみ)櫓と坤(ひつじさる)櫓、そして大手虎口には桝形で櫓門を建てました。

本丸の西は空堀を隔てて二の丸、中の丸、西曲輪が取り巻きます。

一段下がった中段に沼の丸、南の丸や巽曲輪など曲輪群を配したのですね。

並郭式縄張りです。

曲輪の周囲には館堀(たてほり)川を巡らせ、南側は空堀で丘陵を切断、館堀川を隔てた平地に三の丸、外郭を配した堅城です。

 

片倉氏は伊達本家に対する遠慮からか、天守「大櫓」とか「御三階櫓」と称していました。

しかしこれは、事実上立派な天守でした。

仙台城には天守はなかったので、伊達藩における唯一の天守ということになります。

白石城天守は、文政2年(1819)に火災で焼失、同6年には再建されます。

そして明治8年に完全に解体され、125年ぶり、平成7年(1995)に復元再建されたのは本格木造建築でした。

白石城天守解体当時の最晩年の姿を、発掘調査や屏風絵、城下絵図などに基づいて、日本古来の建築様式により史実に忠実に再現したものです。

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復元天守   by:photo-ac

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本格的な木造再建天守内部    by:photo-ac

野面積みの石垣の上に、その雄姿を再現したのが現在の天守

三重三階層塔型複合式天守で白漆喰総塗籠。

飾り破風が全くないなど新しい様式による一方、三重目に高欄を廻らし、高欄への出入り口に華灯窓風の装飾をつけるなどの古式なところも残しています。

どっしりはしていますが、美しい天守ですね。

ここから眺める蔵王連峰は絶景です。

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大手二之門 土塀の右が本丸側  by:photo-ac

写真は事実上の本丸大手門にあたる、堂々たる構えの櫓門形式の二之門。

吹き抜け門形式の一之門も平成7年に天守とともに復元されました。

一之門と二之門間が変形の桝形になっている珍しい形です。

 

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大手一之門、奥が二之門  by:photo-ac

隣接する「白石城歴史探訪ミュージアム」では、白石城本丸の復元模型や白石城と城下町の復元した模型が展示されています。

 

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【花ちゃんの2泊3日の宮城県城巡りの旅】

1998年の9月、本格木造建築で復元された白石城天守を見たくて、2泊3日で宮城県の城巡りをしました。

9月22日にまず白石城に登城。完成した真っ白な天守や櫓門などに感激したのを覚えています。

夜は仙台で宿泊して文化横丁の有名な居酒屋「源氏」で仙台の夜を楽しみました。

23日は仙台城

天守などの建造物はありませんが、復元された隅櫓や立派な石垣、本丸にある伊達政宗公騎馬像を観光。

城下を見ながら、初めて食べたずんだ餅は本当においしかったなあ。また食べたい…。

24日は、多賀城を探訪。奈良時代に東北地方の陸奥国に築かれた国府鎮守府を兼ねた城柵址ですね。

律令制国家の行政と軍事の拠点でした。

駅の反対側に東北歴史博物館があり、政庁復元模型や多賀城跡からの出土品が展示されています。

続いて涌谷(要害)を探訪。遺構の隅櫓(太鼓堂)と三重三階の天守風建物の涌谷町立史料館があります。

陸奥国伊達仙台藩では、元和の一国一城令に対し、白石城と一関城を支藩として存続させ、さらに戦国時代の以降続いていた山城などを要害(ようがい)と称して存続させています。

今回探訪した涌谷要害の他、船岡要害、政宗の居城だった岩出山要害などで、なんとその数21。

それを江戸幕府に黙認させた伊達家の力はすごいですね。

 

白石城詳細

・住所:宮城県白石市益岡町1-16

・アクセス:東北新幹線白石蔵王駅から車で5分・徒歩で10分

・営業時間:9:00~17:00 11月~3月は9:00~16:00

・休業日:12月28日~12月31日

 

【参考文献】

平井 聖監修『1 北海道・東北 吹雪舞うみちのくの堅城』(毎日新聞社 平成9年3月25日発行)、財団法人日本城郭協会監修『続日本100名城公式ガイドブック』(学研プラス 2018年5月7日第6刷発行)、南條範夫監修『日本の城 名城探訪ガイド』(日本通信教育連盟)西ヶ谷恭弘編著『国別 城郭・陣屋・要害・台場事典』(東京堂出版 2002年7月15日初版発行)他