日本のお城が大好きだと叫びたい人の雑記

とにかくお城が好き!日本のお城のアレコレを好き勝手に書いていきます

お城大好き雑記 第3回 備中松山城

 

f:id:sekimeitiko:20200425130253j:plain

山城の備中松山城 by:photo-ac

今回は、備中松山城についてです。

 

備中松山城は、現存する唯一で近世屈指の全国最高所にある山城として有名な城ですね。別称は高梁城、臥牛城です。2006年に「日本100名城」(68番)に選定されています。

 

では、ちらりと歴史など。

 

備中国関ヶ原の合戦後、徳川の直轄領となって、奉行の小堀正次備中松山城に入りました。その死後、息子の政一が継ぎ、荒廃した城を修築しました。山麓に陣屋を築き、御根小屋(下屋敷)とし、1606年頃から山上の城郭の改修に着手しましたが、途中転任となりました。政一は築城家として名高い、小堀遠州です。

城は、高梁市街をはるかに見下ろす臥牛山の南峰小松山山頂(標高約430m)に築かれています。

 

尾根伝いに本丸、二の丸、御膳棚、厩曲輪、三の丸などが階段状に連なっている連郭式の城郭です。近世城郭としては数少ない本格的な山城ですが、高石垣と櫓を設けていました。

 

***********************

 

初めてここを訪れたのは1995年6月10日です。JR備中高梁駅で降り、タクシーで臥牛山中腹の小さな駐車場(鞴峠ふいごとうげ)まで行って、そこから歩いて登りました。

 

結構な山道を、息を切らしながら約25分ほど登って行くと、大手門跡に着きます。そこから正面に高く聳えた巨岩や天然の岩盤を巧みに利用した石垣が「天然の要塞」であることを印象づけ、迫力ある姿で迫ってきます。 

f:id:sekimeitiko:20200919204245j:plain

そびえる石垣 by:photo-ac

大手門跡(櫓門形式だったことが記録で分るそうです)を抜け、石段を登ると正面に土塀が見えます。遺構の「三の平櫓東土塀」です。筒狭間(丸形)と矢狭間(長方形)が、いずれも当時のまま残されています。

f:id:sekimeitiko:20200425130938j:plain

三の平櫓東土塀 by:photo-ac

天守は、現存唯一の三大山城の天守で、二重二階の最も低く(約10メートル)、小さなものです。入口の付櫓を含めると内部は3階建ての、複合式天守です。

f:id:sekimeitiko:20200919204129j:plain

天守 by:photo-ac

1階には天守のものとしては日本で唯一残っている「囲炉裏の間」があり、2階には一段高く区切られた「御社壇」があります。正面にだけ唐破風付出格子窓を大きく取った威風堂々たる姿です。ほんと、格好良いですよね!この現存天守の建築年代は1681年から3年かけての備中松山藩水谷(みずのや)勝宗による修築時とするのが定説です。

 

天守の他、二重櫓、土塀が重要文化財で、城址は国指定となっております。

 

1997(平成9)年に高梁市教育員会によって、文献資料や古写真を基に大規模復元工事が施され、五の平櫓や六の平櫓、本丸南御門、路地門、土塀が再建され、往時の姿を完全に取り戻しました。

 

私は1999年11月28日、その姿を確認する為に再訪しました。その後、平成15年に天守及び天守の後ろにある二重櫓が保存修理されました。

 

*****************

 

元禄6(1693)年、当時の城主であった水谷に後継ぎがなく断絶した為、播州赤穂浅野内匠頭備中松山城の受け取りを命じられ、その任に当たったのが城代家老大石良雄(内蔵助)です。…赤穂浪士で有名な、あの大石良雄。ここに登場!

 

戦国時代の城主は、普段は麓の居館で生活をし、政治を行い、いざ戦さという時は山上の城に立て籠もって戦いました。こうしたスタイルの城郭を「根小屋式城郭」と言います。

 

江戸時代にはこうした城は殆ど無くなりますが、備中松山城では江戸時代以降もこうしたスタイルが採用されていたようです。江戸時代の記録では、御根小屋は「下屋敷」とか「御殿」とかの表記も見られようですが、一般には「御城」と記されていたとのことです。

 

その跡は、現在県立高梁高校の敷地となっていますが、石垣や中庭は良好に残っています。あたりは白い土塀が続く街並みとなっており、岡山県ふるさと村に指定されている武家町石火矢町(いしびやちょう)です。高梁市武家屋敷館「折井邸」では見物が出来ますよ。

 

寺町から続く下谷町にある薬師院と松連寺は、高石垣の上に築かれ、まるで城砦を思わせる造りとなっています。薬師院は昭和58年に男はつらいよ」のロケが行われたことで特に有名ですね。

 

また、後世京都の二条城庭園や桂離宮などの作庭を行った小堀遠州の初期作庭の庭が見られる頼久寺があります。立派な出城のような寺です。頼久寺や明治22年建築の岡山県最古の教会「高梁キリスト教会堂」など、高梁市には観光名所がたくさんあります。じっくりと堪能してください。

 

では最後に、幻想的な城の眺めをどうぞ。

f:id:sekimeitiko:20200425132002j:plain

雲の中 by:photo-ac

 

備中松山城詳細

住所:岡山県高梁市内山下1 

アクセス:JR備中高梁駅からタクシーで10分 下車、徒歩で20分 

見学時間:4月~9月9:00~17:30、10月~3月9:00~16:30

休業:12月28日~1月4日

入場料:無料

 

 

 参考文献:『別冊歴史読本 城の見方・歩き方―身近な城を歩くためのガイドブック』(新人物往来社 2007年6月1日5刷発行)、財団法人日本城郭協会監修『日本100名城公式ガイドブック』(学習研究社 2007年7月3日第1刷発行)、石井進監修『文化財探訪クラブ 城と城下町』(山川出版社1999年7月25日1版1刷発行)他