日本のお城が大好きだと叫びたい人の雑記

とにかくお城が好き!日本のお城のアレコレを好き勝手に書いていきます

お城大好き雑記 第1回 高知城

 

 


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                    高知城   by:photo-ac.com 

 

日本のお城が大好きで、1995年頃からいろんな城を探訪してきました。その記録を残すついでに、寄り道しながらあれこれ語りたいと思います。記念すべき1回目は、わが故郷・高知県高知城です。

 

私が初めて登城した城は高知城です。高知城平山城で別名は鷹(たか)城、大高坂(おおたかさか)城といい、2006年に「日本100名城」(第84番)に選定されています。

 

まずは少々高知城の歴史について紹介しましょう。

 

高知城は、四国統一を目前にして信長に降伏した長曾我部(ちょうそかべ)氏に代わり、山内一豊(やまうち かつとよ)が築かせた平山城です。慶長5(1600)年の関ヶ原合戦で、居城の掛川城を家康に差し出した功績によって掛川6万石から土佐24万石の国主となって土佐に入って、掛川城と同じような形に築かせたのですね。

 山内氏ははじめ名勝・桂浜を眼下にした長曾我部氏の浦戸城に入りましたが、領国経営に不便な為、高知市の中央に位置する標高42mの大高坂山の現在の地に移って高知城を築城しています。城が完成したのは二代忠義の時で慶長16年でした。

 

享保12(1727)年城下町の大火で天守をはじめ城郭のほとんどを焼失しましたが、延享4年(1747)に天守をはじめ櫓や城門が再建されました。一豊が築城した古式な天守の姿を懐かしみ、前と同じ形の天守を再建しました。現在の天守はこの時のものですね。

 

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有名な日曜市が開かれる追手筋から、桝形の追手門(普通は大手門と呼びますが、高知城では追手門)へ歩きます。私はその追手門から見上げた、小ぶりながらも立派な天守が好きでした。

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          追手門と天守   by:photo-ac.com

二重の追手櫓門を入って左に曲がり、本丸に向かって登る石段のすぐ右には、「板垣死すとも自由は死せず」という有名な言葉を残した板垣退助銅像があります。その石段を登って杉の段には、内助の功で誉れ高い初代藩主・山内一豊の妻千代と馬の像も。

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板垣退助像 by:photo-ac.com

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          山内一豊の妻千代の像         by:hoto-ac.com

二の丸から本丸に通じる廊下は詰門の二階にあたり、その上部に侍の間、中老の間、家老の間があり、本丸を警護する武士たちの詰め所もあったと言われています。この詰門とそれに続く廊下門を通り抜けなければ、本丸には行けないようになっているのですね。一階部分は詰門と呼ばれ本丸と二の丸の空堀を封鎖している形となっています。

廊下門の東西に塀兼用に建てられた多聞櫓があります。多聞櫓は本丸のまわりに建てられた長屋で予備の武具を保管していました。現在、東多聞櫓のなかに旧藩主や幕末の志士たちの遺品が展示されています。

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                                詰門    by:photo-ac.com

二の丸付近には、天気が良ければ高知の名物アイスクリンが売られています。いわゆるアイスクリームとは少し違う食感の、高知を代表する美味しいスイーツですから、ぜひ賞味してみてください。


本丸には、三重六階の天守天守閣とは言わない。天守が正しい表現)と現在「懐徳館」と名付けられた本丸御殿があります。

この天守は、珍しく天守台がないのですね。望楼型の古式で、軒唐破風、入母屋破風を取り入れた風格のあるつくりとなっています。

本丸書院は、一段高くした藩主座敷の上段の間や溜の間などがあり、小さいながらも趣のある書院形式の正殿です。特に見どころは、二ノ間と三ノ間の間にある「打ち分け波の欄間」と呼ばれている欄間。シンプルなデザインではありますが、見事な欄間です。

 

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             高知城天守と懐徳館   by:photo-ac.com

 

狭い階段を最上階まで登れます。擬宝珠高欄が周囲に廻らされています。そこに立って高知の城下町を見ることが出来るのですが、思わず言ってしまうのがこのセリフ。

                                      絶景かな」 

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天守からの眺め by:photo-ac.com

本丸には廊下門の左右に多門櫓があり、柱や門扉に多数の小鉄板を打ちつけてある黒鉄(くろがね)門と名付けられた裏門(二層の櫓門)があります。

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            黒鉄門   by:photo-ac.com


私は随分長い間、お城と言えば高知城と同じようなものが全国にあると思っていましたが、それは間違いでしたね。

そもそも現存天守と言われる城は全国にたった12城しかありませんでした。そして本丸の遺構がすべて残っているのは、わが高知城だけだったということをその後知りました。それ程貴重な遺構だったわけです。イエーイ、高知城

 

 高知城には、攻めるに上がりにくく守るにおりやすい丁度良い足幅の石段や、石垣の各所に土台に直接水がしみ込まないようにしている石樋があります。また、高知城天守の下部には石落しと、石垣を上がってくる敵を防ぐ為の鉄串状の忍び返しが設けられています。これらは他のお城では滅多に見られないものなのです。

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            石樋    by:photo-ac.com

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         忍び返し    by:photo-ac.com

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            by:photo-ac.com 

ところで、追手門正面石垣の所に「国宝 高知城」と大書きされた石碑が建てられていますが、この碑は昭和9(1934)年に国宝の指定を受けた時の記念として、当時の高知県知事坂間棟治氏によって書かれたものです。残念ながら現在は国宝ではないのですが、将来国宝に復活することへの期待も込めて、当時を物語る史跡のひとつとして残されているのだろうと思います。


ちなみに、山内一豊像は追手門に行く手前の県立図書館の前にありますよ。 

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山内一豊像 by:photo-ac.com

 

 高知城詳細

住所:高知市丸ノ内1丁目2-1

アクセス:高知駅から徒歩25分/高知駅から路面電車で10分

見学時間:9:00~17:00(最終入場16:30)

休業:年末年始(12月26日~1月1日)

 

 

 

*本日のおすすめの本「高知城を歩く」 

お城について書いている好きな本、おすすめの本を1冊ずつ紹介していきます。


高知城を歩く』2001年 著:岩﨑義郎 出版社:高知新聞社

参考文献にもあげましたが、こちらの本は高知城を知るうえでおすすめです。高知城の移り変わりや本丸や追手門など、それぞれについて具体的に書かれています。図解もあってわかりやすいですよ。 

 

 

 参考文献:岩崎義郎『高知城を歩く』(高知新聞社 2001年1月1日発行)、石井進千田嘉博監修『文化財探訪クラブ6 城と城下町』(山川出版社 1997年7月25日1版1刷発行)他